岐阜市民スポーツクラブ【NPO法人FC10ミニッツ】
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サッカーとITと私

2006年11月 第26回
「FCバルセロナに憧れて」


  今から6年前、自分の人生の方向性を大きく決定づけたくれたクラブとの出会い
それがスペインが世界に誇るFCバルセロナ。
憧れと尊敬の念を抱き続ける唯一のクラブ、FCバルセロナについて今回は
お話したいと思います。

 創立1899年という伝統あるこのクラブは、市民が創り上げてきたクラブとしても有名です。
創立者はガンペール、彼が100年前、スペイン最大の貿易都市バルセロナに立ち寄る事から
伝説は始まりました。
もともとスイス人だった彼は、貿易商を営んでいた父に付きヨーロッパの海を
航海をしていたそうです。
そんなある日、バルセロナに降り立った彼は、その街が持つ独特の雰囲気
カタルーニャ地方特有の民族意識を持ちつつも貿易都市として
海外のものに対しても寛容な心をもつまちに魅せられ、彼は航海の途中
父の船から降りてしまうのです。
 それから彼はバルセロナに留まり、貿易会社を興す一方、近代サッカー勃興期に
仲間12人と共にサッカーチームを創り始めます。
それからサッカーというスポーツの普及と共にメンバーが膨れ上がり
バルセロナ市が誇る市民クラブとして形が出来上がっていくのです。
大抵の伝統のある名門サッカークラブは当然の如くサッカーに特化して
クラブ運営を行っていくのですが、バルセロナを創った彼はサッカーのみならず
総合型という理念からさまざまなスポーツに取組んでいきました。
それから100年、すでに創業者の彼は居ませんが今では会員数12万人を超える市民が集い
運営する世界最大の市民スポーツクラブとなっているのです。

ミニッツの夢を明確にしてくれたFCバルセロナ。
偉大なクラブの背中を見つめながら、ミニッツはさらに競技思考のみならず
誰でも気軽にさまざまなスポーツを楽しむことが出来る環境を理想郷とする
いうなれば“スポーツ版ディズニーランド”を実現していきたいと思います。

*FCバルセロナ近況補足*
市民の会員収入がクラブの筆頭収入となっているこのクラブはこれまで100年間、
ユニフォームの胸にスポンサー名を入れずクラブの紋章(市民クラブの象徴)だけ
付けてきました。
この歴史を変える出来事が起こったのが今シーズン、
なんとユニセフのスポンサーとなり、旨にユニセフのロゴを入れることになったのです。
(ユニセフがスポンサーに付いたのではなく、バルセロナがユニセフのスポンサーとなり
毎年2億2千万・5年契約で総額11億円を寄付し、さらに自らのユニフォームにロゴを
入れたのです!)
尊敬するバルセロナ、さらにクラブを超えたクラブへ加速しています。
こうしたプロセスの中にこそ人生の意味というものを感じます。


ミニッツコラム2006年11月
*ユニセフ公式ホームページ、FCバルセロナとの提携についての記事*
http://www.unicef.or.jp/library/pres_bn2006/pres_09_08.html


本文 : FC10ミニッツ代表理事 木村 優一
コラムに対するお便りは>>>こちら



2006年10月 第25回
「持続可能社会〜スポーツ分野にて〜」


  私達の社会は戦後から現在に至るまで主に団塊世代(私にとって親の世代)
によって社会が作られリードされてきました。
資本主義・市場原理主義を中心として、さまざまなモノが生産され
大量生産大量消費型の社会が形成されてきました。
21世紀に入り、そうした社会では未来に続かないことに気づき
環境を意識するように変化してきました。

私達がこれからの社会にて求めていくもの、そして行動し、実現していかなくては
ないらないもの、それはまさに持続可能な社会の形成。

もちろんミニッツは政治活動団体でもなく環境保護団体でもありません
スポーツを愛する人が集まり全てはスポーツの為に活動が行われる。
なにも持続可能な社会の形成は環境や政治に限ったことではなく
私達のスポーツ分野でもいえることだと日々考えています。
スポーツ分野も同様に戦後アメリカ主導の教育体制により
学校教育とスポーツ活動が部活動としてジョイントされ
学校(行政)主体にて運営されてきました。
しかし、さまざまな社会環境の変化、特に少子化の流れから
その部活動という枠組みが成り立たなくなってきていたり、
地域のボランティアによって活動してきた少年団組織が成り立たなくなってきています。
そして、これまでミニッツがもっとも力を注いできた社会人のスポーツ空間は
未だ日本においては民間のスポーツクラブと一部の行政系スポーツ教室以外
存在していません。

学校教育に頼った形ではなく、又、ニーズがあるからビジネスとして成り立つから
営まれるスポーツ興行ではなく、言葉を借りるならば「ゆりかごから墓場まで」
スポーツを純粋に愛する人々が自らの手で運営や企画などのソフト面から
施設などのハード面まで、純粋にスポーツ運営組織が自ら独り立ちし
100年後も“いつでも気軽に誰でもスポーツを楽しめる”空間が続いていく、
言うなれば“スポーツ版ディズニーランド”を実現する為にミニッツは
力強く市民活動を続けます。
全ての行動は目先の事象にとらわれず、10年100年先を見据えて
みんなで力を合わせて持続性のあるスポーツ文化を岐阜の地に創り上げていきましょう!


ミニッツコラム2006年10月

本文 : FC10ミニッツ代表理事 木村 優一
コラムに対するお便りは>>>こちら



2006年8月 第24回
「 スポーツとは美しきもの 」


今回のドイツワールカップから身近なスポーツ観戦、そして
普段のミニッツの活動や選抜チームSPミニッツの試合を観て感じること。
スポーツとは何の為に存在し何を求めるべきか?
クラブ運営者としての私の立場から主体的に言えば、
スポーツをどのように捉え理解し
そしてクラブの、個人ベースのアイデンティティーとなすべきか。

まず前置きとして競技志向とワイワイ楽しく志向では若干異なるとは思いますが、
とはいえ、根底にある考え方としては
“美しさを求め美しさを追求しそれを表現するものである”
と私は考えます。
スポーツとは人間にしか出来ない至高の存在であり、
一つ一つの個人のプレー、そしてその集合体であるチームプレーが
表現されるたびに喜びと感動を生む芸術になるのだと思っています。

「勝ち負け」は重要なファクターだとは思いますが
それ以上に芸術を追い求める姿にこそ
人が人である尊厳を感じる事ができるのではないでしょうか?

ミニッツは美しさを追い求める人達の集う場所。
そう、ルネッサンス期のアトリエ(工房)でありたい。


ミニッツコラム2006年7月

本文 : FC10ミニッツ代表理事 木村 優一
コラムに対するお便りは>>>こちら



2006年7月 第24回
「 ミニッツマイレージ制度導入 」


今月7月からミニッツ的に新年度が始まっていますが
今回の新しい会員証からミニッツマイレージ制度が導入されています。
マイレージですのでポイントが貯まるとクラブからいろいろな還元がある訳ですが
ミニッツマイレージにはミニッツならではの意味や創意工夫、
そして想いが込めれられています。

まず、会員証とマイレージカードを一体にしたのは
巷に溢れるポイントカードなどは会員証と別で発行されることが多いので
ポイントカードを忘れたり、紛失してしまうと無効になってしまいます。
実は企業サイドとしてもこうした無効分を予めシミュレートして
計算に入れていたりするんですよね、
なんかそうした部分がとても嫌だと感じるので
ミニッツ的には参加時に必ず持参する会員証にマイレージも一体化することで、
忘れることなく必ず参加時にポイントが貯まるようにしました。
(会員証自体を忘れる場合は対象外ですが。苦笑)
もう一つの意味としては、参加時にポイントが付くだけでなく
クラブに対してボランティア活動をしてくださった時にも
ポイントが付加されるのが特徴的です。

考え方としては、
「ミニッツというクラブを愛する人がよりクラブから恩恵を受ける」

そうした想いを現実化する方法としてマイレージを導入した意味もあります。
もちろん、クラブを愛する方法は人それぞれ異なるかと思います、
マイレージポイントに関して言えば 通常のスポーツ開催に頻繁に参加すれば
ポイントがどんどん貯まっていくと思いますし、
ボランティア活動した時やイベントに参加した時にも貯まっていきます。
広義の意味においては、NPO法人としてこうした仕組みを通じて
ボランティアをしてくださるような人間的に素敵な方がしっかりと報われるような地域社会を
築き上げていきたいという想いも込めれられています。


ミニッツコラム2006年7月

本文 : FC10ミニッツ代表理事 木村 優一
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2006年6月 第23回
「今年度を振り返って(自分自身への戒め含む)」


ミニッツの設立は8年前の1998年ですが、
NPO法人として岐阜県の認証を受け、事業として
取り組むようになってからは、今月で丸2年となります。
事業化1年目は、それまでの週末のボランティア活動から
しっかりとした事業体としての組織作りや活動内容の変化など
一杯一杯な1年でした。
そして、事業化2年目の今年度は、紆余曲折しながらも
組織として今のミニッツが形づくられクラブとして安定してきた年でした。
一年前に計画した今年度の事業計画書をざっと眺めても
・活動拠点の確保
・ユース部門の立上げ
・新種目の立上げ
など、振り返ってみると意外と!?全て実施する事が出来ていて
毎日無我夢中で走り続けてきた割りには計画通りに事業を
進めることが出来てきたようです。
サラリーマン時代は若かったこともあり、思い起せば
計画(口“くち”)と行動が伴っていないことが頻繁でしたが
この年になり、ようやく有言実行が少しづつ出来るようになって
きたのかもしれません。
やはり、一人の大人として社会人として、そして事業家として
何かをしていくというのは、多くの人と関わりがあり
それに伴い責任がある訳ですから、
確度の高い計画と実行、そして現実化を心がけていきたいと思います。


本文 : FC10ミニッツ代表理事 木村 優一
コラムに対するお便りは>>>こちら



2006年5月 第22回
「ミニッツバスケ無事タチアガル」


今年の新種目としてみんなの投票によって決まり、活動が始まった
ミニッツバスケットボール部門“ミニッツバスケ”
計画通り4月から無事に活動を開始する事が出来、
すでに50名以上の方が体験参加され30名を超える方々が入会してくれています。
又、バスケ開催空間もスポーツを楽しむことはもちろんの事、
休憩時間もワイワイと盛り上がっており、バスケを通じていろいろな方が
繋がって行くことに喜びを感じています。

こうして無事に立ち上がったバスケ部門ですが、
事業として日々取り組んでいて感じるのは
社会人におけるバスケット事情もこれまで活動してきているサッカー・
フットサル・テニスと同様に同じ問題を抱えているということ。
一番大きな問題として感じるのは、
“自分がしたい時に、自分のペース(レベル)で気軽に楽しむ環境”が少ないこと。
特に岐阜は地方だからか、選択肢がかぎられているように感じます。

単純に思うのは、ミニッツを立ち上げた8年前の想いそのまま
“もっと気軽に自由に純粋にスポーツを一生に楽しめる環境を岐阜にほしい”
ヨーロッパや南米のようにあらゆるスポーツがいつでも気軽に、
一生に渡って出来る環境を創っていくことが、ミニッツとしての使命であり、
するべき仕事だと今回のバスケットボール部門立上げにより、また強く感じたのでした。


*立上げ早々ブレイク中のミニッツバスケ開催風景ー。

本文 : FC10ミニッツ代表理事 木村 優一
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2006年4月 第21回
「天皇杯岐阜社会人予選3回戦 SPミニッツ×FC岐阜」


先日行われたSPミニッツ対FC岐阜戦について
ミニッツを象徴する試合でしたのでコラムに書きますネ。

〜ピッチに立っていた選手、部活未経験者4名〜
プロ相手に戦ったSPメンバーの内、実は学校やクラブで
サッカーをしたことのないメンバーが4名いました。
開始5分でPKを得たFWの祖父江君とボランチの一柳君は
社会人になってミニッツに参加するまでは
公園でボールを蹴っていた独学・ストリートサッカー出身。
又、右サイドバックとして相手の決定的なシーンを3本ほど
止めていた山内君は8年前、ミニッツがジーパン革靴で
始まった8人組みの一人、元々野球部で22歳になってから
サッカーを始めたというミニッツの象徴的存在。
後半交代で入って清水さんも同じく7年ほど前から
ミニッツで24歳になってからサッカーを始めた仲間です。
(*なので山内君も清水さんも未だにリフティングが出来ない)
ちなみに7〜8年前といえば、現FC岐阜の森山さんや平岡さん
元サンフレッチェの吉田さんが出ているJリーグの試合を
長良川競技場(グランパスvsヴェルディ)や瑞穂競技場まで
みんなで一緒に試合を観に行っていただけに感動的だった。
サッカーってフラットで本当にイイなと。

〜ミニッツサポーターが60名ほど駆けつけていました〜
相手がFC岐阜さんということもありますが
SPミニッツのサポーターは最終的に60名ほどまで
膨れ上がっていました。
普段一緒にサッカーやフットサルを楽しむ仲間や
テニス・バスケ部門に参加されているミニッツメンバーさんも
声援を送っていました。
又、これまでSPミニッツがリーグ戦で対戦相手として
戦ってきた相手チームが、チームごと応援に駆けつけてくれるなど
それだけでなんともいえない素敵な光景となっていました。
みんなの応援、プレイ一つ一つに送られる拍手や声援が
SP選手一人ひとりの背中を支えていたのも感動的でした。

〜0-4の結果はSPミニッツとして限界を超えた戦いだった〜
SPがこれまでリーグ戦などでなかなか勝てない相手の
リバースというチームがFC岐阜相手に0-11で負けていることからも
わかるように、0-4という結果はSPとして
はるかに限界を超えた戦いだったので、
試合後、実際に2名の選手が重傷を負ってしまいました。
(中村君が足骨折、成田さんが足首靭帯断裂)
今シーズンのリーグ戦が週末から始まる最中
とても痛いケガですが・・・・

〜それだけに戦いの後、SPは多くの人に感動を与えました〜
試合後、今週一週間あらゆる方面から「試合を観にいって感動した」とか
「SPは素晴らしいチームだね」とか反響がありました。
中には、「観戦代を¥1000払ってもイイ」と言われたり
(プロスポーツの原点、ココに有りと思った)
普段はFC岐阜の応援やサポーターをしているという方が
この試合によってSPミニッツの存在を知ってもらえることになり
ミニッツに入会され、フットサルを楽しまれたり
ミニッツのクラブハウスまで見学にお越しいただき
FC岐阜の活動やミニッツについてお話するなど
思ってもみなかった反響が生まれています。
(しかもミニッツオリジナルネックストラップまで購入していただき感謝感謝です!)

SPミニッツはこれからもゆっくりと地道に
“岐阜人及び岐阜に縁のあった方の本当の意味での選抜として”
“普段共にサッカー・フットサル、そしてスポーツを愛する仲間の選抜として”
大儀と大きな夢を持って活動していきます!
目先は地区1部リーグから県リーグへの昇格をめざし
今週末日曜日からリーグ戦が始まります。
お時間がある時はぜひSPの試合を応援に行きましょう!!!


*今年は激戦区の岐阜地区1部社会人リーグ
みんなで応援して県リーグに昇格しましょう!

本文 : FC10ミニッツ代表理事 木村 優一
コラムに対するお便りは>>>こちら



2006年3月 第20回
「サッカー選抜チーム“SPミニッツ”の意義と目指すトコロ」


FC10ミニッツはみなさんご存知の通り、10分しか体力のもたない方でも
気軽にスポーツを楽しむ事が出来る空間として活動してきています。
ただ、めずらしく?競技志向にて勝つ事を目的に活動している
異質な部門があります。
それはサッカー選抜チームSPミニッツです。
今から8年前の1998年、もともとサッカー未経験者8名から始まった10ミニッツですが
メンバーが50名、100名と多くなるにつれて
「大会やリーグ戦に出て自分の力を試したい!」 「試合に勝つ喜びを感じたい!」
といったメンバーが中心となって2001年に10ミニッツの選抜チームとして
SPミニッツが結成されました。
はじめは草サッカーチームが主催してくれている自主運営リーグに参加することにし、
対外的にどれくらいの実力があるのか試す事にしたのですが、
勝ったり負けたりといった感じでした。
ただ、対戦チームの中にはサッカー協会のリーグに登録しているチームもあり
勝つこともあったので、チームとして自信に繋がっていったのを憶えています。
(今からは想像も出来ませんが、当時のメンバーは私を含め
社会人になってサッカーを始めたメンバーが半数ほどSPに居ました。(汗))
そして翌年の2002年、正式に岐阜県サッカー協会の岐阜地区4部リーグに加入し
仲間と共に戦う楽しさ、厳しい戦いの中にある得点・勝利の喜びを
感じる事が出来るSPミニッツというチームになっていきました。

SPミニッツは現在250名が所属するサッカー・フットサル部門の
代表選手という誇りを胸に“岐阜県NO1”を目指してがんばっていきます。
今年の大目標は【岐阜地区1部2位以内に入り県リーグへ昇格】!
FC岐阜Bチームが特例にて参入してきた影響もあり、
2位以内の昇格枠を手に入れるには本当に厳しい戦いになると思いますが、
普段一緒にサッカー・フットサルを楽しむ仲間の勇士を観に
試合会場へみんなで応援にいきましょう!!!

岐阜県を代表するチームを目指して!
*今年はシーズンオフのセレクションにより新しくSPへ4名加入、
  ユニフォームも新しくなりレベルアップした新チームに期待!☆☆☆

本文 : FC10ミニッツ代表理事 木村 優一
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2006年2月 第19回
「いよいよ新種目立ち上げ準備開始します!」



総合型地域スポーツクラブとしてミニッツは今年も新種目を立ち上げて
いきたいと思います。
去年のテニス同様、今年も春にはオープンしたいと思いますので
そろそろ準備を始めていかなくてはっ、といった感じです。
ただ、今回の新種目立ち上げは昨年とはちょっと違います!
ただ立ち上げるだけでなく ミニッツの未来に対して、そしてNPOとして
理念や社会的意味、広く言えばメンバーのみんなが、一人一人の市民として
自分達の住み良い環境や未来をどう形作っていくのか
といったものを立ち上げプロセスにしっかりと反映していきたいと思っています。
えー、簡単に言えば

@自分達の未来は自分達で創る
Aミニッツに来ればいつでも気軽にしたいスポーツが楽しめる!

@を踏まえながらAを実現していきたいと思うのです。
その方法として、私は次の方法を考えました。

まず第一に、もっとも重要な点【新種目をどの種目にするのか?】
その決定プロセスを明確にすることにしました。
(いわゆる合意形成というものですワ。これまでの世の中は勝手に誰かが決めて
決まっているからやらなしゃあない、といった事があまりにも多く感じるのは私だけ?
そういうことって皆さんの身の周りでもよくあるでしょ?
納得いかないっしょ!
でもそういうやり方ってもう古いやり方だと思うわけですよ。
決定プロセスを明確にしてクリアーに重要な事は決定しましょうヨ!)
そのプロセスとは 決定の判断を3分の1づつ(正確には33.33・・・%)下記の配分で
決めたいと思います。

1/3:メンバーによる投票(立ち上げたい種目を投票!)
1/3:客観的事業成立性判断
 (競技人口等の市場規模、環境を整備する投資費用の有無等)
1/3:ミニッツ理事会の意向
  (ミニッツの理念や方向性・ビジョンとの合致等の判断
   ミニッツがやる意味があるのか社会的意義があるのか等の判断)
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
結果を総合判断して新種目確定。

まーもちろん、このやり方が正しいのか正しくないのか
それは100%完璧ではないと思いますが、まずは 第一歩として、ミニッツとして
トライしていきたいと思います。
今回の方法で反省点や失敗点があるならまたみんなで検討していけば良いと
思います。 そして、新種目の状況や他種目とのバランスを観ながら
より良いスポーツ環境を整えていけばと思います。
それでは、2月中旬頃から投票始めますのでメンバーの皆さんは清き一票を
投票くださいネ。
*詳しい投票方法や手順はまた別途メール等にてご連絡しますー。


*写真は昨年春に行った“スポーツフェスティバル”の風景です。

本文 : FC10ミニッツ代表理事 木村 優一
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2006年1月 第18回
「クラブハウス&ミニッツコート完成しました!」










新年あけましておめでとうございます。
昨年はミニッツにとって激動の一年でしたが年末には無事にクラブハウス兼
専用フットサルコート・テニスコートが完成しました。
このクラブハウスづくりにはさまざまな形で大変多くの方々の協力を得る事により
創り上げる事ができました。
毎晩お仕事帰りに人工芝を張る作業を手伝ってくれたメンバーの皆さん、テーブル
に始まり石油ストーブ、電子レンジ、はては洗濯機!?までクラブに寄付をしてくれた方々
年内に完成を目指して年末の忙しい中、かなり無理なお願いをして施工していただいた
施工業者の方々、もちろん金銭面でも夢を実現する為にさまざまな立場から情熱的に
動いていただけた金融機関・NPOファンドの方々。
本当に心から感謝しております。

今年2006年はこうして創り上げることが出来たこのクラブ専用コートを活用しながら
「いつでも」誰でも気軽にスポーツが楽しめる空間をメンバーみんなの共有資産として
楽しんでいきましょう!
もちろん私の立場としてもしっかりと責任ある事業展開をしていきます、今後ともご支援
ご鞭撻のほどどうぞ宜しくお願い致します。

それでは2006年も皆さんにとって素敵な一年となりますように!


2006年1月1日 NPO法人FC10ミニッツ
代表理事:木村優一



本文 : FC10ミニッツ代表理事 木村 優一
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